世界恐慌の株価暴落の研究

この記事は、「株式投資の勉強のため、世界恐慌で何が起きたのか、背景とチャート分析の結果が知りたい」こんな個人投資家向けに書きました。

私が勉強して、株式投資に必要だろうと思った内容を記事にまとめましたので、ご参考いただければと思います。

前提条件として、経済学者になりたい人向けではなく、株式投資で利益を上げるための知識としての内容です。

よって、経済学者による暴落理由の諸説あることなどはどうでもよく、事実と背景を知って疑似体験しておくことにより、今後の暴落とその後の動きの大局的な相場観を見極めるのに役立つことを目的としました。

なお、私自身は、株の実践的投資家であり、机上の理論でアドバイスする経済学者やアナリストではありません。

投資実績は、すべて公開しています。

参考記事:2020年5月から8月までの収支報告(4ヵ月ごとに公開してます)

世界恐慌の概要

恐慌の言葉の意味は、コトバンクがしっくりきたので引用します。

景気循環の好況局面における過大な設備投資が不況局面の出発点において設備過剰をもたらし,生産と消費の間に大きな不均衡が起り,商品の過剰生産が一般化して価格が暴落し,企業倒産や失業が大規模に発生して生産,雇用,所得が急激かつ大幅に減少する現象。

引用元:コトバンク

この恐慌は、株価が暴落がきっかけに起こることが多いのが特徴です。

株価暴落をきっかけに、金融だけでなく経済に連鎖的に悪い状況を生み出すことと覚えておくといいでしょう。

ここで、間違ってはいけないのが、不景気に突入したから暴落になるのではなく、暴落をきっかけに不景気に突入することです。

これは、暴落の共通認識で暴落は景気失速の前兆として起きやすい特徴があります。

特に、大きな景気の山を迎えようとしているときに起きやすくて、例えば、1990年の不動産バブル崩壊、2000年のIT場バブル崩壊、2008年のリーマンショックも同じ状況でした。

そして、世界恐慌は、世界をデフレ恐慌に陥れた唯一の暴落です。

株価暴落のきっかけは?

株価の大暴落は、バブルがきっかけになります。

行き過ぎた株価に、何かのきっかけで起爆剤となり、大量の売りがでて、その売りが売りを呼び、暴落が起きるのです。

経済学者やエコノミストは、その何かのきっかけを後から探そうとして、論争を繰り返しますが、我々実践家にとっては、どうでもいいことであり、深く考える必要はありません。

チャートは、過去に向かって歩むのではなく、未来に向かっていますからね。

また、本当の理由なんて、分かるわけがないのですから(すべてが後付けにすぎず、事前に分からなければ意味がない)。

ただし、当時の指標からは、バブルが最高潮に達していたことと、足元の揺らぎがあったことは分かります。

1929年には、アメリカの財務省証券利回りが3年に渡って上昇していたこと。

景気の遅行指標として住宅指数が頭打ちになっていたこと。

暴落の直近の1929年6-8月には、自動車製造を中心とした製造業生産指数が悪化。

長期金利は利上げ以来最高値に達していました。

これらの指標で、ぴたりと暴落の日を当てることはできませんが、大きな恐慌を引き起こしたきっかけとなった大暴落の背景を知っておくのに役立つ客観的なデータだと思います。

1929年9月6日以前のバブルはいつはじまったの?

実際に、相場を張っている人からすると、バブルの最中にバブルだとはっきりと分かる人は少ないでしょう。

しかし、世界恐慌の背景を探る手段として、いつからはじまって、どのくらいバブルだったのかは重要です。

結論から言うと、1924年ころからバブルが始まっていたという説が強いようです。

日本では、戦争バブルと言われる大正バブルも終わり、慢性的な不況の陥っていましたが、株価はやや戻していました。

東京株式取引所の大まかな流れ(1900~1930年)
東京株式取引所の大まかな流れ(1900~1930年)

1949年以前は、日経平均株価はなかったので、東京株式取引所の株価が指数の代わりになっていました。

アメリカでは、経済が好景気だった上、個人が信用取引できるようになり、投機マネーがマーケットに流れ込んで上昇相場になったとされています。

この辺りは、コロナにより、自宅待機の人たちが株に手を出して、口座開設数が倍増した現代の状況と似ていますね。

コロナショックや現代起きた暴落との唯一の違い

当時、アメリカでは、連銀(FRB)が設立して16年でした。

FRBが設立される前は、市中銀行が金の保有量に応じて、自由に連銀の役割となることをやっていました。

現在、金融や経済に悪影響を及ぼすようなことがあれば、まっさきに思い浮かべるのがFRBの金融政策ですね。

しかし、世界恐慌のきっかけとなった大暴落では、FRBは何もしなかったのです。

NYダウは、暴落後、一旦6ヵ月ほどリバウンドしますが、そこから、さらに2年の下落が続き、合計3年で89%の下落、株価は、381.17ドルから41.22ドル(1932/7/8)になりました。

世界恐慌のチャート
(NYダウ1925~1932の大体のチャート)

ここで、少し陰謀論があるのですが、連銀は、1913年に世論を押しのけて、英国のロスチャイルド家、米国のロックフェラー家がバックアップして、半ば強引に設立された機関です。

これにより、金融政策は連銀しかできなくなったわけですが、なぜか、暴落の時に金融政策を何もしなかったわけですね。

もちろん、経済学者などからは、大バッシングを受けたのですが、実は、暴落後、二束三文になった金融資産をユダヤ系の金融資本が買い漁った事実があるのです。

これが何を意味するか、私はコメントを控えますが、よく、コロナショックと世界恐慌をチャートだけで比べて、似ているという人がいますが、背景を考えると、買いと売りの需給関係だけで、世界恐慌とコロナショック後の世界を比べるのは、どうかなと思います。

また、コロナバブルという言葉も聞きますが、確かに官製相場により、日経平均やNYダウ、S&P500、ナスダックが右肩上がりしましたが、株価と相関性がある米国債金利10年チャート(景気回復の前半は逆相関になりやすい)を見ると、危険なバブルなのかな?という疑問は残ります。

米国債10年チャートの月足チャート
米国債10年チャートの月足チャート(2011~2020/9/4)

暴落後の世界

NYダウの3年に及ぶ下落の後、フランクリン・ルーズベルトによる教科書でも有名なニューディール政策がとられます。

これにより、世界恐慌を脱したと思っている人もいるかもしれませんが、実は、その政策は3年ほどしか持たず、不景気に戻るのです。

それらの不景気をひっくり返すのが、戦争バブルであり、第二次世界大戦でした。

戦争のきっかけは、色々あるように見えますが、事実として、特需として、不景気から好景気に戻ったのは確かです。

人間の損得勘定は強く、戦争さえも、経済や金融が動機になるのかもしれませんね。