リーマンショックの解説

この記事は、リーマンショックが起きた前後の背景を知って、今後の株式投資に活かしたい!という個人投資家向けに書きました。

リーマンショックは、規模・期間ともに、戦後最悪の暴落であり、1928年に起きた世界恐慌が再来するのではないかと人々を震撼させました。

では、なぜ世界恐慌の再来とまでいかなかったのでしょうか?また、どうして、リーマンショックに至ったのでしょうか?

この辺を研究することで、暴落をファンダメンタルズ分析するとき、本当にまずい暴落なのか、一過性のものなのか判断する能力を高めるための疑似経験を積むことができますよ。

リーマンショックが起きる前の世界

リーマンショックは、2008年9月15日、当時アメリカ4位のリーマンブラザーズという大手証券銀行が破綻することがきっかけに起きました。

通常、大手証券銀行が破綻することはあり得ないのですが、これがなぜ起きたのかは、その前に起きたサブプライムショックについて知っておく必要があります。

NYダウ2004/12から2008/8までのチャート図解
NYダウ週足チャート(クリックで拡大)

NYダウは、2002年10月からずっと右肩上がりの上昇をしてきました。

2006年11月からは、米10年国債利回りと株価が同時に上昇し、バブルの兆しを見せ始めました。

背景には、BRICs(中国・ロシア・インド・ブラジル)と言われた当時の新興経済大国の原油や資源バブルだったこともあります。

その一方で、経済成長の中核をしめる住宅バブルも起きていて、実は、2006年後半には、住宅バブルが崩壊しはじめています。

住宅の価格の高騰により、買う人が少なくなれば、価格が下がるのは当然ですが、問題は、本来なら家を買えない層(信用が低い層)にまで高金利でローンを組んでいたことにあります。

これがサブプライムローンです。

住宅ローンの会社は、リスクが高いサブプライムローンを銀行に買い取ってもらい、銀行はそのリスクを回避するため、サブプライムローンをひとまとめにして証券化し、金融市場で販売しました。

ひとまとめにすることで、投資家が買いやすいように、リスク分散を図ったわけですね。

サブプライムローンは、高金利のため、多くの投機筋が購入して、中には、儲かるというだけで、価値をしっかりと測れない人たちまで購入し、大きな利益を得ました。

ところが、元々信用度が低い人たちが借りているローンなので、デフォルトが多く出始めて、リスクが顕在化していくのです。

そして、ついに、証券化されたサブプライムローンの価格が下げ始めると、多くの投機筋が売りに走り、暴落しはじめました。

その暴落を懸念して、経済にも影響がでるのではないかと思った機関投資家や大口投資家が株式まで売り始めて、暴落から下落トレンドに転換したのが、サブプライムショックです(2007年10月19日)。

リーマンブラザーズの破綻

リーマンブラザーズは、サブプライムショック後、証券化されたサブプライムローンを割安だと判断して大量に購入しました。

しかし、証券価値の下落に耐えられず、ついに破綻してしまうのです。

負債総額約6000億ドルというアメリカの歴史で最大の倒産でした。

通常、日本でもそうですが、大手の金融機関が倒産しそうなのときは、顧客保護や経済への影響がないように、国が救済措置をとるか銀行を合併をさせて救済措置を取ります。

ところが、リーマンブラザーズの破綻では、この救済措置が取られなかったのです。

なぜ救済措置が取られなかったかは、色々な説がありますが、ここで大事なのは、通常、金融機関の破綻は救済措置が取られること、もしも、破綻してしまったら経済への影響がでることです。

これは、金融ショックが起きて、買い目線から売り目線に変更するときの一つの目安にするといいと思います。

日本株への影響

日本でも世界経済低迷の懸念と金融の信用収縮の不安から、サブプライムローンショックとリーマンショックの影響を大きく受けました。

日経平均日足チャート(クリックで拡大)

リーマンブラザーズの破綻前の営業日である9月12日(金曜日)の日経平均の終値は12,214円だったが、10月28日には一時は6,000円台(6,994.90円)まで下落しました。

これは、1982年(昭和57年)10月以来、26年ぶりの安値となります。

経済対策と非伝統的金融政策の登場

リーマンショックが世界恐慌まで至らなかった理由に、経済・金融対策があります。

世界恐慌の時代は、金本位制度であり、政府も会社のような動きをするのが特徴で、景気が悪くなると財政出動ではなく、財政緊縮に走りました。

一方、リーマンショック前後では、アメリカの財務省による3兆ドルの経済対策費や金融システムへの金銭支援として、7,000億ドル緊急費用の法案に大統領が署名しました。

金融政策は、それだけにとどまらず、ゼロ金利政策や量的緩和、破綻する金融機関の株式引き受け、金の空売りによるドル安への圧力など目一杯の政策をとったのです。

一方、日本では、2013年4月に日銀のバズーカ砲と呼ばれる非伝統的金融政策を発動させて株価上昇に寄与しました。

続いて、欧州中央銀行が2015年1月にアメリカ型の量的緩和政策を開始したのです。

世界は、1990年に起きた日本のバブル崩壊を教訓に財政出動や金融緩和をこれまでにない規模で発動することにより、危機を乗り切ったと言えるでしょう。

今回は、以上です。